Nikeヴェイパーフライ関連の記事第3弾です。
VFが普及するに従って色々な意見を目にするようになってきましたが、「遅いやつが履くな」という意見も散見されます。
高価なものなのでシューズに金をかけるより前に練習をしっかりやれ、と言いたくなるのもわからなくもないですが、遅い人が履いてもランニングエコノミーが改善して速くなることには変わらないと思うので、走力に関係なく履きたい人は履けばいいと思いますね。
ところでVF4%の4%はタイム(もしくは速度)を4%向上させるものではなく、ランニングエコノミーを4%向上させることについて書きました。
では速い人と遅い人、どちらも同じランニングエコノミーの改善効果が得られるとして、より恩恵を受けられるのはどちらなのでしょうか?
今回はその疑問について検証した論文について紹介しようと思います。
ランニングエコノミーと速度の関係おさらい
ランニングエコノミーは一般的に最大負荷よりも下の負荷で一定時間トレッドミルを走行し、その酸素摂取量(VO2)で評価します。同じ速度で走るのに必要な酸素量が少なければ走りの効率が良い、すなわちランニングエコノミーが高いと評価されるわけです。
そしてマラソンを走りきれるVO2は決まっているので、ランニングエコノミーが改善すれば、下図のように同じVO2で走れる速度が上がります。
この速度とVO2の関係式が線形なら、ランニングエコノミーが1%改善すれば速度も1%改善するわけです。
速度とVO2の関係のモデル化
ところがこの関係は実際は線形ではなく、最近の研究では3次式で近似されることが多いです(ちなみにダニエルズ先生のVDOT公式では2次式)。
下図のグラフは、実線が線形モデル、破線は3次式のモデルを示しています。横軸は速度、縦軸はVO2です。
ところで、ランニングエコノミーは基本的にトレッドミル上で測定するわけですが、ロードを走るときとはある条件が大きく異なります。それは空気抵抗。
トレッドミルを走ったことがある方ならわかると思いますが、トレッドミル上は当然空気抵抗を受けないので、実質的に常時強い追い風を受けている状態と同じです。
この空気抵抗は速度が上がるほど影響が大きいので、この空気抵抗も速度と酸素摂取量の関係式で考慮する必要があります。
下図の破線は空気抵抗がないモデルで、これに空気抵抗の影響を入れると実線のような曲線になります。より線形から離れてきますね。
この空気抵抗を入れたモデルで、10%ランニングエコノミーが改善すると、下図の灰色の線になります。このモデルでは、速度が遅い領域では12.6%の速度向上、逆に速い領域だと6.7%の速度向上と、向上割合は2倍近い差になるのです。
つまりヴェイパーフライで4%改善したらどうなるの?
下図を見てもらえばわかると思いますが、速い速度域では3%以下の向上幅しか得られず、逆に遅い速度域では5%以上の速度向上が得られるようです。
具体的には2.6m/s(マラソン4時間半)の人では、ランニングエコノミー1%の改善で速度が1.17%改善し、約4:26’53″でフィニッシュでき、3’07″改善します。
一方、5.72m/s(マラソン2時間03分)で走るエリートランナーはランニングエコノミー1%の改善でわずか0.65%しか改善せず、2:02’13″と47″の改善に留まります。
つまり遅い選手のほうがタイム向上幅は大きいので、むしろ遅い人ほど積極的にヴェイパーフライを履くべき、とも言えますね。
ちなみにキプチョゲ選手のVF抜きでの最高記録は2:04’00″@ベルリン2015ですので、ここからランニングエコノミーが3%(実験では1%~6%までバラツキがあって平均で4%)改善したとすると、このモデルでは速度が1.97%改善し、そのタイムは2:01’36″となって現世界記録(2:01’39″)とほぼ一致すると著者らは指摘していますね。
まとめ
- ヴェイパーフライでランニングエコノミーが改善する幅が同じなら、遅い人のほうが速度向上幅は大きいよ
- トレッドミルでの測定は空気抵抗の影響がないので、空気抵抗の補正を入れたら速い人のほうがVFの恩恵が少ないよ
- キプチョゲ選手の非ヴェイパーの記録2:04’00″からランニングエコノミーが3%改善したら現世界記録と一致するという試算もできるよ
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