先日、ダニエルズ先生のEペースについての海外フォーラムの議論について取り上げました。このやり取りの中でEペースが適正だと主張していたのは1人だけで、他は否定的な反応が多かったです。おそらく日本でアンケートをとっても同じような反応になると思います。
そもそもみんなダニエルズの練習ペースをどうやって計算しているかというと、ほぼRun Smart ProjectのWebベースのダニエルズ計算機かそのアプリ版だと思います。
私もこの計算機を何の疑問もなく使っていたのですが、ふと手計算の結果と比較してみたらダニエルズ先生の定義と微妙に違うことに気がついたのでその考察をしてみます。
VDOTの求め方
VDOTの計算法については、やる夫と学ぶダニエルズシリーズのVDOTの回で取り上げましたが、もう一度おさらいしておきます。
まずVDOTを求めるには2つの式を使います。
- ランニング持続時間とその強度(%VO2max)の関係
- ランニング速度と酸素摂取量(VO2)の関係
まずレースのタイムから①式でその%VO2maxを求めます。次に②式でそのレースの平均速度における見かけ上の酸素摂取量(VO2)を求め、①で求めた%VO2maxから見かけ上のVO2max、すなわちVDOTを求めるという流れでした。
図で書くと以下のような流れになります。
やる夫と学ぶシリーズでは具体的な数式まで出していませんでしたが、それぞれ①式と②式は以下の計算式で表されます。
②式は二次式ですが、二次項の係数がかなり小さいので線形に近い振る舞いをします。ただ速度Vの単位はm/minなので200~300の範囲で使うことが多く、高速度領域だと線形からずれるので注意が必要です。なお最近の研究ではこの②式は三次式で表されることも多いです。そのあたりの話も今後時間があったら書きたいと思います。
この式を用いて計算してみると、Run Smart Projectが算出するVDOTの値と同じになることがわかると思います。なおこの数式はダニエルズ先生の名著”Oxygen Power”が発表された1979年から変わりません。その時代の成果が今もこれだけ使われているわけですから、改めてダニエルズ先生の業績に驚かされます。
Runner’s World紙はダニエルズ先生のことをランニング界のアインシュタインと表現したようですが、それも納得ですね。
VDOTから各練習ペースの求め方
さて、ここからが本題。VDOTは求まったがいいが、ここからどうやって練習ペースを導き出せばいいのか。ここで思い出して欲しいのがダニエルズ先生は各練習ペースをVO2maxからの割合で表現していました。
つまりVDOTをVO2maxとみなし、VDOTからの割合で練習ペースでのVO2を求め、そこから②式の二次方程式を解いてその速度を求めます。懐かしの解の公式ですね。私も久々に使いましたが忘れてなくて安心しました。
では実際に求めてみましょう。ダニエルズ先生の各練習ペースの定義は以下でした。
下限 | 上限 | |
---|---|---|
Eペース | 59% | 74% |
Mペース | 75% | 84% |
Tペース | 83% | 88% |
Iペース | 95% | 100% |
Rペース | 105% | 120% |
この式に従って例えば私の5000m 16’18″→VDOT 63.2で計算すると以下のようになります。
定義通り | VDOT計算機 | |
---|---|---|
Eペース | 4’51”-4’02 | 4’41”-4’14” |
Mペース | 4’00”-3’39” | 3’42” |
Tペース | 3’41”-3’31” | 3’31” |
Iペース | 3’18”-3’10 | 3’14” |
Rペース | 3’02”-2’44” | 2’59” |
定義通り計算すると、Eペースは上下に余裕があり、他のペースはこの定義の範囲内で固定されています。というわけでVDOT計算機がどの%で計算しているかを求めてみるとこんな感じになりました。
Eペースは上下マージンを削った62%-70%、Tペースは上限の88%、Iペースはちょうど中間の97.5%、Rペースは下限よりちょっと上の107.5%で計算しているようです。
Eペースがきついという方はダニエルズ先生の元の定義(59%-74%)に従えばもう10秒ほどマージンはあるようですね。
Tペースに関しては以前、VDOTのペースで生理学テストをしたところIペースはほぼVO2maxペースだがTペースはLTペースより若干速めという結果になったという文献を紹介しましたが、Tペースは上限で計算している影響もあったのかもしれませんね。Tペース走がきついという方は若干下げてもいいのかもしれません。
Iペース、Rペースも上限で走ろうとするとよほどスピードタイプじゃないと厳しそうですね。私は全く上限側で走れるイメージが湧きません。
Mペースは今回近似的に求めてますが、真のMペースは①式と②式を相互にフィードバックしながら解く感じになりそうなので正確に求めようとするとスクリプトを書かなければ難しそうです。
他の距離の等価タイムを求めるには?
余談ですがVDOT計算機の機能として他の距離の等価タイムを求める機能があります。理論上は①式と②式を用いて解くことはできるのですが、①式の逆関数を代数的に解く方法がおそらくないので、数値計算的に解く必要があり若干面倒です。つまりタイム→VDOTは簡単に求まるけど、VDOT→タイムは簡単には求まらないです。
おそらくVDOT計算機は数値計算なんて面倒なことはしてないと思うので、予めVDOTが切り替わるタイムをテーブルとして持っておいてその値を返しているだけじゃないかなと予想します。
まとめ
- ダニエルズ先生のVDOTの計算式はコンピュータの黎明期に生まれてから40年も現役な偉大な式だよ
- Run Smart ProjectのVDOT計算機によるEペースはダニエルズ先生の元の定義より若干範囲が狭いよ
- 他の練習ペースも範囲に合わせてカスタマイズしてみると面白いかもしれないよ
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