ランニングの練習においてインターバル走は難しい練習です。
その一因として挙げられるのがパラメータの多さ。疾走ペース、疾走距離(or時間)、緩走ペース、緩走距離(or時間)、本数、セット間時間、セット数と9つもパラメータがあり、無限とも言える組み合わせが考えられるため、どの設定が良いのかを試行錯誤するのにも限界があります。
最もポピュラーと思われる1000m x5(R 200m)という設定でやられている方は多いと思いますが、それが最適かどうかは目的やその人の特性によっても変わってくるはずで、改善の余地があるはずです。
この記事ではそんなインターバル走の設定について私の考えをまとめてみます。
インターバル走の基本
そもそもなぜ分割して走る練習が必要か?
レースはいかに速くゴールするかを競うものですから、休憩を挟まずスタートからゴールまで一定ペースで走り続ける方が効率的であり、特異性の原理から考えても練習では一定ペースで走る方が効果的に思えます。
それなのにインターバルトレーニングでわざわざ疾走と緩走を繰り返すという非特異的なことをするかというと、高速域になるほど連続して走るのが辛いから、という単純な理由です。
特にVO2maxに近い高速域の場合、レースのように肉体的にも精神的にもピークを合わせた状態なら12分前後持つと言われていますが、毎回の練習では5分でも維持するのが辛いです。
練習時に連続して行うには難しい強度でも、レストを入れつつ分割して走ればレースと同じスピードで、トータルでは同じかそれ以上の距離を走れるのがインターバルトレーニングのメリットです。ただし、レストは長すぎるとレペティションと変わらなくなってしまうので、適度に短くするのがインターバルの特徴と言えます。
VO2max付近のペースでなくても、CV(Critical Velocity)ペース・Tペース・Mペース付近で走るインターバルも考えられますがこれも連続して走るのがしんどいから敢えて分割しているわけですね。
連続して走る場合と分割して走る場合の違い
分割してレースと同じスピードで同じ距離を走れたとして、連続して走った場合と分割した場合でトレーニング効果としてどのような違いがあるかを考えてみましょう。
そのためにはエネルギー供給系について理解しておく必要があります。
長距離走は酸化系代謝能が中心となってエネルギーを供給しますが、酸化系代謝能は急激に立ち上げるのが難しいため、疾走の序盤は無酸素系代謝が中心になってエネルギーを供給します。
この間の無酸素系が補った分のエネルギーを、酸化系で賄う場合にどれだけの酸素が必要だったかを表した量は「酸素借」(Oxygen Deficit)と呼ばれます。酸素借は無酸系代謝能の出力の高さを測る指標であり、短・中距離選手は特にこの値が高いことが知られています。
90秒~120秒程度で酸化系代謝能がその速度を維持するのに必要なところで安定し、酸素摂取量も安定します。疾走を終えてレストに入ると、すぐに酸素摂取量は元には戻らずゆっくりと下降していきます。このときに安静時よりも多く酸素を摂取した量を「酸素負債」(Oxygen Debt)と言います。
従来は酸素借=酸素負債と言われていましたが、近年の研究では酸素負債の方が大きくなることが示唆されています。借金には利子がつく、というイメージでしょうか。
インターバル走ではこの酸素負債を抱えた状態で次の疾走に入るため後半にいくほどきつくなります。また乳酸の蓄積により酸素摂取量が増える(Slow Componentと呼ばれる)ことも知られており、後半の方が酸素摂取量・心拍数が高くなるので後半の方が有酸素系に負荷を与える目的なら美味しい練習と言えます。
前述の通り疾走開始時の酸素摂取量の立ち上がりが遅れるので、トータルの疾走時間からこの立ち上がりの部分を引いた差分が酸化系代謝能への負荷ということになります。
筋腱や神経系の負荷という点では、連続しても分割しても同じ距離を同じスピードで走っているので大差はないと考えられます。動員される筋繊維の割合は異なる(インターバルの方が速筋の動員比率が高い)のでその点は考慮する必要はあると思います。
インターバル走の目的と疾走ペースの設定
何のためにインターバルで走るのか、その目的をどこに設定するかですが、大まかに以下の3つに分けられます。
- 無酸素系の負荷とVO2max付近の負荷を同時にほどよく与えたい
- VO2max付近の負荷を最大化したい
- VO2max付近ではないが、連続して走るのが精神的に辛いので分割したい
それぞれの目的に応じてまず疾走速度が決まります。以下ではそれぞれの目的別に詳しく見ていきます。
1. 無酸素系とVO2max付近の負荷の両立
この目的ならば無酸素系の負荷も十分に与えるためにVO2max以上の速度で疾走する必要があります。
VO2max以上の速度で走る場合に注意しなければいけない点は、VO2maxを達成できる最小速度(vVO2max)以上で走ってもそれ以上酸素摂取量は増えない、つまり有酸素系への刺激は増えない、ということです。
下図の例では、vVO2maxが3’20″/kmのランナーが3’15″/kmで走っても酸素摂取量がVO2maxに到達する時間はほとんど変わりがなく、また酸素摂取量もVO2maxを超えることはありません。またその速度を維持するためには解糖系が余計に使われるので酸素負債が増えます。
速く走っても有酸素系への負荷にはならない一方、持続時間は短くなるので有酸素系への負荷という観点では速すぎる設定はよくないと言えます。
持久運動とそれを維持できる時間の関係をモデル化したCritical Powerモデル、それをランニングに適用したCritical Velocityモデルというものがありますが、維持できる速度と持続時間の関係は双曲線の関係になっており、これを見ても速度が速いほど持続時間が短くなることがイメージできるでしょう。
このモデルで無限(といっても実際は30分程度)に維持できる速度として定義されているのがCritical Velocity(CV)であり、最近このゾーンでのトレーニングが注目されつつありますがそれはまた別の機会に。
この走速度では無酸素系の負荷はレペティションで与えた方が速度も維持できて総距離も伸ばせますし、VO2max付近の負荷に関してもそれに特化した設定よりは劣るため中途半端な練習になりがちですが、3000m以下をターゲットにする場合はこの速度域になるためこの練習が特異的と言え、レースに向けた仕上げの段階では必要になってくると思います。
2. VO2max付近の負荷の最大化
これがインターバル走の目的としては最も一般的だと思われます。この目的ならば走速度は95-100%VO2max付近になるでしょう。前述の通りこの速度は練習だと5分以上持たせるのが難しいので、インターバル走として実施するのが最も適しています。
3. VO2max以下の負荷の分割
この目的に関してはMペースからCVペースまで様々な実施例が考えられ、負荷は80-94%VO2maxと幅広いです。この速度域ならペース走として実施するのが一般的ですが、ペース走が精神的に苦手な方は敢えてインターバルとして分割して実施した方が精神的な負荷は低くなるでしょう。
疾走ペース以外のパラメータの決め方
前節で目的に応じた走速度が決められたと思います。任意の%VO2maxに当たる走速度はVDOT計算機で計算してみて下さい。以下では主に2.の目的でVO2max付近の負荷を最大化するためのパラメータの決め方について考えていきます。
疾走距離(時間)と本数
距離についてポピュラーなのは1000mですが、ショートインターバルとして200m、400m等で実施する場合もあるでしょう。また速い方は1200m、1600mでも5分以内で走れるのでこの距離で実施することもあります。
改めて確認しますが目的は「VO2max付近の負荷を最大化」ですから、どの距離を選んでも疾走ペースはVO2max付近のペースが基本になります。前述の通りこれより速く走っても有酸素系の負荷は変わらないのに速度を維持できる距離が落ちるためです。
その上でどの距離を選択するかですが、レストが短いのが精神的に辛いなら疾走距離が長い方がベターと言えます。その理由は前述の酸素摂取量の立ち上がり時間の影響が相対的に小さくなるからです。安静時から疾走を開始して酸素摂取量が定常状態になるまで、前述の通り90秒~120秒程度かかるため、200mや400mならこの定常状態に達する前に疾走が終わってしまうのです。
ただし、200m、400mでもレストを短くすることでVO2max付近の負荷を維持することはでき、1000m以上のロングインターバルに近い負荷を与えることができます。どちらが良いかは好みに依るでしょう。詳細は次節のレストの設定について。
本数に関しては疾走距離にも依りますが、トータルで4000m~6000mくらいが目安になるでしょう。VO2maxはほぼ5000mのペースですから、分割しているとはいえこれより大幅に長く走ることは難しいと思います。よく1000m x10という練習を見かけますが、あれをVO2max付近でやれている方はほとんどいないと思います。
レスト距離(時間)およびペース
これまで見てきたように、酸素摂取量の立ち上がりには時間がかかるのでレストが長すぎると有酸素系への負荷が減ってしまい、レペティションと大差ない負荷になってしまいます。
一方、レストが短すぎても疾走スピードを維持できなくなる可能性があり、その場合はVO2max付近の負荷をかけられる時間が減ってしまうことが懸念されます。
疾走時間が4~5分程度のインターバルならば酸素摂取量の立ち上がり時間の影響は相対的に小さくなるので、レストを長めにとったときの影響は小さくなります。ダニエルズ先生もインターバルのレストは「疾走時間と同じかやや短いくらい」としています。
一方、1000m以上のインターバルに取り組む前に200mや400mなど短い距離でインターバル走をやる練習も広く定着しています。このようなショートインターバルでVO2maxへの負荷をかけようとするとレストは短くするべきでしょう。
ダニエルズ先生によれば200mは1分回し、400mは2分回しを推奨しています。例えばvVO2maxが3’20″/kmの人だと200mなら40″-20″、400mなら80″-40″のサイクルになります。この負荷に対する心拍数応答をシミュレーションしてみると以下のようになります。
一方、これよりやや速く78″で走ってレストを90″取った場合では以下の通り。
このときに心拍数が98%HRmax以上になる時間を求めてみると、前者が601秒、後者が544秒でVO2max付近への負荷をかけるという目的からすると前者(疾走が遅くレスト短め)の方がいい練習と言えます。
ただ後者の練習も悪いというわけではなくて、vVO2max以上の速度で走る3000m以下のレースをターゲットにする場合などには効果的だと思われます。vVO2max以上の速度で走って解糖系代謝能も鍛えつつ、酸化系代謝能にもある程度刺激を入れられるという両方の効果を狙うわけですね。
ただこのように複数の効果を狙う練習では、特定の能力に特化した練習よりも質は落ちるので「二兎を追う者は一兎をも得ず」ということになりかねない点には注意する必要があります。
シミュレーション?
前節でサラッとシミュレーションという言葉が出てきましたが、これは以下の論文を参考に自作した心拍シミュレータです。
本当は酸素摂取量を直接モデリングしている良さげな文献があればそちらを使いたかったのですが、見つからなかったので近似として心拍数のモデルを使っています。
またパラメータが多く手動でフィッティングするのがなかなか難しいので、現状では自分の感覚と心拍データから何となく合っているなというレベルでまだまだ完成度は低いです。
最終的にはCritical Velocityモデルまで組み込んで、与えられた条件下で最適化問題を解いてVO2max付近の負荷を最大化できるところまでやりたいと思っています。そこまで行けなくても公開できるレベルまで仕上げたいと思っているので気長にお待ち下さい。
シミュレータを使ったケーススタディ
1000m x6(R90秒)で疾走速度を95%-100%VO2maxまで変えた場合
HRmax98%を超える時間は以下の通り。
疾走速度 | HRmax98%を超える時間(sec) |
---|---|
95% | 297 |
96% | 538 |
97% | 693 |
98% | 865 |
99% | 978 |
100% | 1039 |
走速度がHRmax付近の時間に大きな影響を与えることがわかります。失速して95%付近まで落ちてしまうとなかなかHRmax付近には到達しないですね。ただ、個人的にはレスト90秒で97%~98%の速度を維持するのは精神的にきつく、毎回は厳しいなという感触です。
1200m x5(97.5%VO2max)でレストを90秒-180秒まで変えた場合
レスト時間(sec) | HRmax98%を超える時間(sec) |
---|---|
90 | 836 |
120 | 833 |
150 | 830 |
180 | 826 |
1200mのように長めのインターバルならばレスト時間が90~180秒でVO2max付近の滞在時間はほとんど変わらないことがわかります。個人的には1000 x6のレスト90秒で97-98%付近を維持するよりは、レスト3分のこちらの設定の方が精神的に楽だと感じます。
まとめ
- インターバル走はパラメータの数が多いし、目的によって設定の仕方も変わってくるので難しい練習だよ
- VO2max付近の滞在時間最大化が一番ポピュラーな目的だけど、それに絞っても様々な設定が考えられるので自分に合う設定を見つけたいよ
- シミュレーションによって設定の違いによってVO2max付近の負荷がどうなるかを見るのも面白いよ
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