練習で閾値走を取り入れている方は多いと思います。有酸素運動能の代表的なパラメータである乳酸性作業閾値(LT:Lactate Threshold)を向上させる練習として、ダニエルズ先生の著書でも20分のTペース走を推奨しています。
LTを高めることは運動生理学的に表現すれば「遅筋の代謝能力を上げて酸素と乳酸からエネルギーを生産する能力を高める」ことに相当します。そのためにはLT付近での持続運動が最適だという仮説が以前からあったようですが、その説を最初に検証した文献がこちら。
1982年の論文なのでかなり古いですが、今でも多く引用されている名著です。筆頭著者のBertil Sjödin氏は、スウェーデンの運動生理学者。「ダニエルズのランニング・フォーミュラ」でもスウェーデンの大学との共同研究という記述がちらほら見られるのですが、ダニエルズ先生の著書に書かれている内容の一部はおそらくこのSjödin氏との研究成果なのでしょう。
この文献が発表されてから閾値走が世界中で行われるようになり、今でも行われているのは御存知の通り。
というわけでこの古典的名著を改めて読んでみます。
検証方法
8人の十分にトレーニングされた中長距離ランナーについてOBLA(Onset of Blood Lactate Accumulation、およそ血中乳酸濃度が4mmol/lになる点)の強度で20分のトレッドミル走行を週1回・合計14週間行いその前後での変化を比較しました。その他の日は通常通りのトレーニングを行います。
被験者8人のうち2名は800m選手、残り6名は1500m-5000mの選手です。
まずOBLAの強度を決めるため、トレッドミルで4つの異なる速度で60-90秒走ったあとの血中乳酸濃度を測定し、そこから推定したようです。
OBLAの速度(vOBLA)を求めたら、その速度で20分走るわけですが、走り始めてから5分後と20分後に血液を採取して血中乳酸濃度をモニタします。
結果
狙い通り被験者全員についてOBLAでの走速度vOBLAの向上が観測されました。すなわち血中乳酸濃度が4mmol/lになる走速度が向上したので、LTが向上したと言えます。
興味深いことにこのうち800mランナーの2人はVO2maxが低下し、他のランナーは向上したようです。VO2maxへの効果はトレーニング履歴や個人差があるようです。
また8人中7人の15km/h(キロ4)でのVO2が低下、すなわちキロ4でのランニングエコノミーも向上しました。VO2maxは平均ではやや上昇しているのでキロ4での%VO2maxも低下しています。
なお5分後と20分後に測定した血中乳酸濃度ですが、5分後は4.1mmol/lと設定通りですが、20分後には5.9mmol/lに増加していたようです。すなわちOBLAの強度では乳酸は処理しきれずに徐々に蓄積していくということがわかります。
vOBLAと後半15分の乳酸蓄積速度については負相関が見られました。つまりトレーニング期間中にOLBAでの走速度が向上するに従い、乳酸蓄積速度は減少していったという傾向です。
また血中の酵素について、ホスホフルクトキナーゼ(PFK)とクエン酸シンターゼ(CS)、乳酸脱水素酵素(LDH)をそれぞれ測定したところ、PFKは減少しLDHとCSはほぼ変わらず、遅筋の代謝能力が向上したことが示唆されました。
なお14週間以降、18週間続けた場合はvOBLAはこれ以上向上せず、むしろ若干低下しています。収穫逓減の原則で徐々に反応が無くなっていったのだと思われます。
感想
ダニエルズ先生推奨のTペース走20分の元ネタがわかってスッキリしました。
ただダニエルズ先生の著書では閾値について2mmol/l~3mmol/lという記述があるのですが、引用元では4mmol/lに設定しているのでややモヤモヤが残ります。この文献における被験者のOBLAでの%VO2maxは85~86%な一方、ダニエルズ先生のTペースの定義は86~88%VO2maxなのでむしろTペースの方が高めといえます。なので実際はOBLAを超えている人が多いかもしれません。この差異は気にしなくてもいいかな。
また、この研究では全員同じ条件(OBLA x 20分の決め打ち)で練習を行っているのでその前後の負荷での比較ができません。そのあたりは別の文献で検証されているかもしれないので探してみます。御存知の方がいたら教えていただけると助かります。
まとめ
- 閾値走の効果を検証した大元の文献を調べてみたよ
- OBLA(乳酸濃度が5分で4mmol/lに到達する強度)で20分走る練習を週1で14週間続けたら、OLBAでの走速度が大きく向上したよ
- ただOBLAで20分というのが決め打ちでこれが最適かどうかはわからないので、強度や時間などこの前後での評価も欲しいよ
コメント