公認サブ2達成にはキプチョゲが何人必要か?

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その他論文紹介
出典:https://live.ineos159challenge.com/
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INEOS 1:59チャレンジとしては大成功

INEOS 1:59チャレンジが終了しました。見事にキプチョゲ選手がサブ2を達成しました。

様々な方面からのプレッシャーもあって大変だったと思いますが、期待を裏切らずに見事決めたのは凄まじい精神力です。いろいろケチをつける人もいますが、間違いなく偉業でしょう。

今回の2時間切りは公認の世界記録にはならない

ただし、今回のこの記録は公認記録にはならず、世界記録としては認められません。あくまで参考記録扱いです。公認記録にならない理由は、IAAF(国際陸上競技連盟)の規則144.3aで以下の行為が禁止されているためです。

[P]acing in races by persons not participating in the same race, by athletes lapped or about to be lapped … 

International Association of Athletics Federations. Competition rules 2018–2019. Monaco: International Association of Athletics Federations; 2017.

レースに最初から参加していない選手がペーサーを務めることはダメってことですね。これがないと外部から手助けし放題なので妥当なルールだと思います。

ペーサーが成功の必須要件

じゃあ、あれだけ最後も余裕そうだったし、ペーサーなしで一人で走ってもサブ2できたんじゃないの?という意見もあると思いますが、前回のBreaking 2も今回のINEOS 1:59チャレンジも、ペーサーが成功の大きな部分を握っています。

というのもサブ2ペースの速度は6m/s弱ほどですから、一人で走ると常にこの空気抵抗を受けることになります。そのためこのレベルの単独走になるとランニングエコノミーが大きく落ちます。そこでペーサーを風よけにすることでスリップストリーム効果を得て、大幅にランニングエコノミーを高めていたのです。

今回もキプチョゲ選手を挟んで前方に5人、後方に2人と、さながらサッカーのフォーメーション(2-1-1-2-2と言うべきか)のような隊形で進んでいたのはそのためです。ちなみにBreaking 2のときは2-1-3-2-1のフォーメーションでしたね。INEOSのサイクルチームからのアドバイスもあったのでしょうか。

この手のスリップストリームは自転車競技では必須戦術で、チームのエースは最後まで先頭に出ずに後方で体力を温存します。トライアスロンでもスイムが終わって良い集団に入れないと一気に差が開いてしまいます。

あとはスピードスケートのチームパシュートという競技がありますが、あれも3人で先頭を交代して後方の選手は休みながら進み、チームとして最大の成果を目指す競技ですね。

というわけで、今回サブ2を達成するにあたってはあの隊形が必須だったわけです。

他の方法で公認記録を狙うことはできなかったのか?

じゃあ普通のマラソンみたいに、最初からペースメーカをやらせて途中で離脱する方式でもよかったんじゃないの?という考えもありますが、キプチョゲ選手は現在のマラソン界で突出した存在なので、同時にスタートした上で20km以降も引っ張れる選手を揃えるのが大変です。昨年の世界記録を出したベルリンマラソンでもペーサーが25kmまで持ちませんでした。

ペーサーなしで後半単独になってしまうと、記録が出せない不安が残ります。そのため、今回は公認よりもまず記録を出すことを優先して交代ペーサー制という万全のサポート体制で望んだと思われます。

公認記録でサブ2を出すためには

では公認記録でサブ2を出すためにはどうしたらいいでしょうか?

研究者たちも当然この問題は考えていて、いろんなアイディアを出しているわけですがその論文の1つを紹介します。

Modeling the Benefits of Cooperative Drafting: Is There an Optimal Strategy to Facilitate a Sub-2-Hour Marathon Performance? - Sports Medicine
Background During a race, competing cyclists often cooperate by alternating between leading and drafting positions. This approach allows them to maximize veloci...

この論文のアイディア自体は単純で、前半ハーフは通常のマラソンと一緒でペーサーに引いてもらい、後半ハーフでペーサーが外れてから先頭集団に残ったメンバーが一列になって交代で先頭を引っ張るという自転車レースやスピードスケートのチームパシュートと同じ戦術をマラソンでも採用するということです。

想定したのは、エリウド・キプチョゲ、ハイレ・ゲブレセラシエ、パトリック・マカウ、ジョフリー・ムタイの4人で交代で引っ張る場合です。全盛期はずれているので全員全盛期の状態で、というファンタジー設定です。

この戦術では、先頭に出る人の負荷は高く、後ろの人の負荷は落ちるため、インターミッテント走の繰り返しと言えます。そこで各選手のレース結果からインターミッテント走のペースを求め、シミュレーションで結果を最適化していきます。

詳細な説明は省きますが、そのシミュレーション結果がこちら。

説明を省いているのでこれ見てもさっぱりだと思うので補足します。横軸はハーフからの距離と時間、縦軸はCV(Critical Velocity)からの余裕度という数値です。CVはこのシミュレーションで用いたインターミッテントのモデルで、マラソンペースよりやや速い速度なので先頭で走ると消耗してしまい余裕度が下がっていきます。一方、後方はスリップストリームで楽できるので、余裕度は若干回復します。

このグラフが表しているのは、2人で交代しながら引っ張ると35km付近で力尽き、3人だと徐々にCVからは遅れていき、4人だとなんとかCVを維持して2:00’48″で公認世界記録を出せる、ということです。レジェンド4人が協力してなんとか2時間1分を切れる、というところですね。

じゃあキプチョゲが何人いたらサブ2できるのか、についてもシミュレーションしていてその結果が以下です。

キプチョゲが8人いれば公認サブ2を出せる、という結果ですね。ただし、これは昨年キプチョゲがベルリン・マラソンで世界記録を出す前のシミュレーションです。

世界記録(2:01’39″)達成後のシミュレーション

この論文がジャーナルに掲載されたあとキプチョゲが世界記録を大幅に更新したので、この論文の著者たちは慌ててシミュレーションをやり直して新しい論文を書いています。それが以下です。

Reflecting on Eliud Kipchoge’s Marathon World Record: An Update to Our Model of Cooperative Drafting and Its Potential for a Sub-2-Hour Performance - Sports Medicine

まずレジェンド4人で交代する場合ですが、キプチョゲ以外は進化していないので記録は大きくは伸びず、 2:00″37″という結果でした。この手法だと一人だけ突出していても厳しいですからね。

次に、キプチョゲが何人いればサブ2できるのか?(How Many Kipchoges are Needed to Break the Sub-2-Hour Marathon Barrier?)ですが、以下の結果となりました。

なんと、8人から3人に激減しました!つまりキプチョゲがテニプリの菊丸みたいに3人に分身すれば公認レースでもサブ2できるってことですね。

と、冗談はさておき、先日もう1人のレジェンド、ベケレ選手もキプチョゲ選手並の記録を出しましたからこれで2人、あとはキメット選手に復活してもらって3人でCooperate Draftingしてもらえば誰かが公認レースでサブ2を出せるはずですね。まぁ全ては机上の空論ですが・・・

まとめ

  • キプチョゲのサブ2は素晴らしいけど、公認サブ2のためにはまだ課題が残るよ
  • キプチョゲとレジェンド3人が交代で引っ張っても2時間0分台までしか厳しいよ
  • でもキプチョゲクラスが3人いれば机上計算上はサブ2達成の可能性が高いよ

キプチョゲ先生の次回作にご期待下さい。

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