前回紹介した文献は気象条件とマラソンのフィニッシュタイムを統計的に分析したものなので、大雑把な傾向しかわかりません。また、初夏のマラソンを対象としているため、低温の影響についてはあまり考慮されていません。そのため、「雨が降った方が統計的に見たらフィニッシュタイムが良い」という結果になっています。気温が高めならこの結果もある程度実感と合いますね。
ところが多くの方が実感しているように、低温で雨の中を走るのはとても辛いです。最近では東京マラソン2019が記憶に新しいですね。優勝タイムはレゲセ選手の2時間4分台と異次元でしたが、日本人選手は誰もサブテンできませんでした。大迫選手をはじめDNFを選択した選手も多かったです。
というわけで、今回は低温での降雨条件でのマラソンパフォーマンスについて、生理学的な分析を行った文献を紹介します。
低温での雨の影響
水は空気よりも25倍の熱伝導率を持っているため、5℃で濡れた服を着た場合、熱損失率は2倍にもなるそうです。
またマラソンランナーは高速で走行しているため、常に走行速度と同程度の向かい風成分を受けているのと同じです。そのため低温+雨の条件で走り続けると、体温が急激に奪われ、走りに影響することが予想されます。
この文献は実際に低温で雨の状況を人工的に作り出して、その生理学的な変化を観測したものです。
実験方法
レクリエーション的にランニングを行っている健康な男性7人(平均VO2max52.0)が今回の被験者です。VO2max的にはマラソンで3時間台前半というところでしょうか。
これらの被験者に、温度・湿度・雨・風を調整できる気候室でトレッドミル上を走行してもらい、VO2や血中乳酸濃度、食道温度、体表面温度などを測定しました。
トレッドミル速度はVO2maxの70%に相当するペースで、Mペース(75%~84%)より遅め、Eペースの範囲でしょうか。気温は5℃に設定し、40mmの雨を人工的に降らし、さらに走速度同じ向かい風を送って30分走ってどのような変化があるかを観察したようです。なかなかやりたくない実験ですね。被験者のみなさまには頭が下がります。
これらの条件で雨の有り(RAIN)、無し(CON)でそれぞれのVO2などを測定して比較しています。
結果
まず、VO2の比較です。測定されたVO2はCONよりRAINで有意に高かったようです。今回は同じ速度での走行ですから、低温で雨の条件ではランニングエコノミーが低下する、と言えそうです。雨によって奪われる体温を維持しようとしてエネルギーが使われるのがその理由だと考えられます。
また、乳酸濃度も有意に高かった一方、HRには差がなかったようです。この条件でHR基準で強度を管理しているとオーバーペースだったということもありそうですね。
次に食道温度の比較です。
雨だと体の内部の温度の立ち上がりが遅れているのがわかりますね。25分経過くらいからは同じ温度ですが、温まるまで時間がかかるということでしょうか。
最後に体表面温度の比較です。
こちらは雨だとずっと低いままですね。急激に体温が奪われている状態ですので、いくら走っても体が温まらない感じでしょうか。
私も以前に気温4~5℃で雨のレースを走ったことがありますが、走っても走っても体が温まらず、ずっと歯をガタガタさせながら走っていました。なお当時は1ヶ月前に初サブ3を達成したばかりでしたが、このレースでは3時間50分かかりました。
まとめ
- 低温で雨の条件だと体の体温が急速に奪われ、体温を上げるためにエネルギーを使うのでランニングエコノミーは低下するよ
- 心拍数は変わらないみたいだけどVO2と血中乳酸濃度は上がっているので、心拍数を目安にしているとオーバーペースになっているかもしれないよ
- 体内の温度は30分程度で上がるけど、体表面の熱は奪われ続けるので下がったままだよ
コメント