ランニングエコノミーはVO2max(最大酸素摂取量=消費量)、LT(Lactate Threshold:乳酸性作業閾値)と並んでランニングに関わる運動生理学の三大要素と言われ、目にする機会は多いと思います。
VO2maxは呼気中の酸素、二酸化炭素濃度を測定することで直接的に求まりますし、LTも血中乳酸濃度を測定することで直接的に求まります。
一方、ランニングエコノミーはVO2max以下のある速度で走るときの酸素消費量(VO2)で評価されます。この値が少ないほど少ない酸素量で持久運動が可能という評価になるわけですが、VO2max、LTと違って人体の生理学的な要素を直接測定するわけではなく、代謝能力、心肺能力、生体力学的要素、神経筋要素など様々な因子が絡み合った結果を外から観測するというある意味ブラックボックスな形で評価されます。
そのため、どの要素を改善したらどれだけランニングエコノミーが改善する、と一概には言えないところが難しいのですが、近年の研究ではエリートランナーはVO2maxが高いのは大前提で、ランニングエコノミーの差がパフォーマンスの差を決定づけているとも言われます。
そんな重要なランニングエコノミーですが、トレーニング方法がある程度確立されているVO2max、LTと違って、何をどうしたら改善するのかわかりにくく、疎かにされることも多い要素だと思います。
今回はそんなランニングエコノミーに影響する因子をまとめたサーベイ論文を紹介します。
ランニングエコノミーとは
繰り返しになりますが、ランニングエコノミーはVO2max以下のある速度で走ったときの酸素摂取量で評価されます。速度ごとに異なる値になるわけですが、この関係はほぼ線形になることが知られていて、空気抵抗なども考慮する場合は3次式で近似される事例が多いです。
下図の例では、VO2maxが同じ2人のランニングエコノミーを比較したグラフで、○の選手よりも□の選手の方がランニングエコノミーが高いので、VO2max時にはより速い速度で走れます。
ランニングエコノミーに影響する因子
ランニングエコノミーは代謝効率、心肺機能、生体力学的特性、神経筋系特性などの因子が影響する複雑なものです。下図はその概念図です。
また、遺伝的な要素も大きいと言われていますが、まだ限られた研究でしか議論されていないようです。
そしてこれらの要素の多くはトレーニングによって改善できるため、これらの要素をいかに高めていくかが走力を高めていくためには重要と言えるでしょう。
以下ではランニングエコノミーに関連する要素についてざっくりと見ていきます。
代謝効率
体温
体温が高いとVO2が増加してランニングエコノミーは下がるようです。1℃上昇で酸素消費量が6.2%増加したとの研究結果があります。高温条件でパフォーマンスが下がる一因かと思います。
筋繊維タイプ
遅筋(タイプI)と速筋(タイプII)があることはご存知だと思いますが、この割合もランニングエコノミーに影響するようです。この割合はトレーニングでは変えられず、まさに生まれ持った才能と言えるでしょう。日本人は遅筋割合が高めで、東アフリカ系ランナーは速筋割合が高めというのはどこかで見たことがあります。
心肺効率
ある研究では心肺測定値(心拍数、換気量)がランニングエコノミーの変化に寄与していることを示唆しています。心拍数が下がるほど、もしくは換気量(肺が酸素と二酸化炭素を交換する量)が下がるほど、VO2も低くなるという正の相関があるようです。
生体力学的特性
体重と質量分布
体重だけでなく、体の各パーツ(腕、上腿、下腿など)の重さもランニングエコノミーに大きく影響します。体の末端に行くほど慣性モーメントの影響が大きいので、靴の数十グラムの違いも大きく影響するように、特に下腿の質量の影響は大きいでしょう。
東アフリカ系ランナーの下腿の細さは有名ですね。
手足の長さ
脚の質量がランニングエコノミーに影響するのは先程述べたとおりですが、長さが影響するかどうかはコンセンサスがないようです。
アキレス腱特性
アキレス腱に蓄えられる弾性エネルギーを利用することでエネルギーロスを抑えることができます。これもプライオメトリクストレーニングなどで改善することが可能とされています。
ストライド
長すぎても短すぎてもランニングエコノミーが落ちるようで、人によって最適なストライドがあるようです。無理して動きを変えるのはエネルギーロスが大きいということでしょうね。
上下動
これもよく言われることですが、上下動の少ない動きはエネルギーロスが少ないのでランニングエコノミーが高いようです。
フットストライク
フォアフットはリアフットよりもエネルギーロスが少なくランニングエコノミーが良いという俗説がありますが、フットストライクによるランニングエコノミーの違いは見られなかったようです。リアフットの選手がフォアフットで走るとランニングエコノミーが悪化する一方、フォアフットの選手がリアフットで走ってもランニングエコノミーの変化はなかったとのこと。
つまりこの結果からは先述の俗説はむしろ逆で、リアフットのほうがフォアフットよりもランニングエコノミーが高いとも言えます。この結果は走速度によっても変わるかもしれませんね。
神経筋特性
筋肉の剛性
一般的に筋肉の剛性が高い方がバネとしての効率が良くエネルギー効率も高いです。静的ストレッチが運動に逆効果と言われるようになったのも、ストレッチによって筋肉の剛性が失われるためですね。
神経筋系の速度
筋力を鍛えるだけでなく神経系を鍛えることも重要です。神経系が発達していないといくら筋力が鍛えられていても接地の短い時間で効率的に前に進む力を伝えられないためです。
いわゆるドリルと言われるものや、プライオメトリクストレーニングが神経系を鍛えるのに効果的と言われますね。
まとめ
- ランニングエコノミーには、代謝効率、心肺機能、生体力学的特性、神経筋系特性など多くの因子が影響するよ
- ストライドやフットストライクは無理に変えようとするとランニングエコノミーを悪化させるので無理に変える必要はないよ
- 遺伝で決まる要素もあるけど、神経系などトレーニングで改善出来る要素も多いので、地道に改善する努力をしていくべきだよ
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