ダニエルズ先生の名著「ダニエルズのランニング・フォーミュラ」により世界中で有名になったVDOT。
レース結果から求まる「走力のレベルを表す数値」であり、自分の適性練習ペースを決めたり、他の距離の等価タイムを求めることができるなど素晴らしい指標です。
ところでこのVDOTの計算過程を見ていくと、
- 運動時間と%VO2maxの関係式(①式)を用いてレースタイムから%VO2maxを推定する
- 速度とVO2の関係式(②式)を用いてレース速度からVO2を推定する
- VO2/%VO2maxでVDOT(見かけ上のVO2max)を求める
という流れでした。
これによっていろいろな距離でのVDOTが求まるのですが、人によって得意な距離・不得意な距離は当然あって、この方法で求めたVDOTがすべてきっちり一致するという人はいないはずです。
人間それぞれ筋繊維の比率からして異なりますし、上記①式も②式も様々な選手のデータを回帰分析して得られた式であるので、あくまで平均的な傾向しか表していないためです。
特にLTの個人差の影響が大きいと考えられる①式については、個人差に応じた補正が必要なのではないかと随分前から考えていました。
ざっくりとしたイメージは以下。
同じレースタイムでもスタミナタイプの方はVO2maxが標準より低くても高い%VO2maxを維持でき、逆にスピードタイプはVO2maxの絶対値は高くとも長い距離では標準より低い%VO2maxしか維持できない、という感じです。
最終的にはこの①式を個人のタイプに応じて補正する方法を考えて計算ツールとして実装することで、異なる距離のタイムの予測精度を上げたり、より適切な練習ペースの設定につなげたいのですが、今回はその前段階として、エリート選手のデータを分析してどのような傾向があるのかを見てみたという話です。
エリート選手のPBデータの入手
まずはデータがないと始まらないです。様々な距離のPBのデータを大規模に集めるとなると、一般ランナーのデータを集めるのはなかなか難しく、すでにデータベース化されているエリート選手のデータが手っ取り早いということでまずはエリート選手のPBデータを集めました。
世界陸連のサイトから各選手のPBが見れるので、そこからPBデータを収集するスクリプトを書きました。以下はマラソンで現世界ランク1位のレゲセ選手の例。
あまり大規模にやっても迷惑でしょうから、とりあえず現在のマラソン世界ランク上位100名のデータを収集しました。 ちなみにキプチョゲ選手はこの1年で公認レースはロンドンマラソンしか走っていないので100位圏外です。
上記スクレイピング結果をまとめたのがこんな感じ。
このテーブルを元にVDOTを計算したりしていきます。
距離別のVDOT比較
VDOTの絶対値のプロットが以下。全体的な傾向として、5km~10kmよりもハーフ~フルの方がVDOTが高い傾向がありそうでしょうか。特に1500mはほとんどの選手が大きく5km以上のVDOTより低いです。1500mは有酸素運動能の上限を超えた強度でのレースになりますから、なかなか5000m以上と両立させるのは難しい感じですね。
走る機会が少なそうな10マイルや25kmと行ったレースは全体的に凹んでいるので除いた方が良かったかも。
絶対値だと幅もあるので、マラソンのVDOTを1としたときの相対値でプロットしてみます。
1を超えていれば、その距離はマラソンより得意という傾向があると言えるでしょうか。実際はトラックとロードの違いもあるので一概には言えないですがあくまで参考ということで。
ちなみにハーフで絶対値、相対値とも飛び抜けているのは現世界記録保持者のカムウォロル選手ですね。
距離別の%VO2max比較
さて、いよいよ本題の①式をエリート選手の傾向と照らし合わせたらどうなるかについて。
方針としては、各選手固有の真のVDOTを持つとして、各距離のタイム(速度)で②式から求まったVO2を真のVDOTで割った値を各距離の%VO2maxとしてプロットしたものが以下です。ここでは各距離のVDOT平均値をその選手の真のVO2maxとしています。
赤い点線はダニエルズ先生の元の①式を使い、各選手の平均タイムで求めた%VO2maxのプロットです。これが平均的な選手の距離(タイム)と%VO2max特性と言えます。
見事にマラソンの距離ではほとんどの選手が平均的な%VO2maxを上回るという傾向が見えます。
マラソンの世界ランク上位選手が対象ですので、ほぼ全ての選手がマラソンに特異的な練習を積んでいるという影響もあるでしょうし、近年のスーパーシューズの影響もあるでしょうが、マラソン世界ランク上位に来るような選手たちはVDOT公式と比べたらスタミナ型といえると思います。
面白いのは5000mや10000mでは平均すればほぼ①式と一致していますが、ハーフ以上だとVDOT公式よりもスタミナ寄りにいく感じですね。
これを踏まえて①式の補正方法を今後検討していく予定です。
まとめ
- 異なる距離のVDOTは人それぞれの特性で変わってくるけど、個人の傾向に合わせて運動時間と%VO2maxの関係式を補正することでより精度の高い予測や練習強度の設定につなげたいよ
- マラソンランキング上位100名のエリート選手のデータを分析しても短い距離が得意な選手、長い距離が得意な選手様々な傾向が見れるよ
- エリート選手はVDOT公式の標準よりも高い%VO2maxを維持できている選手がほとんどだよ
コメント
「100年先のトレーニングを、今したら勝てる」という名言を遺した人がいますが、新理論の可能性は、現理論との誤差という形で見えているのでしょうね。ダニエルズ理論がいつ凌駕されてゆくのか。これを追求してゆくのにプレーヤーとしてのプロ・アマの差はないはずですから、どこから切り開かれてゆくのか。とっても楽しみです。