持久系スポーツについて学ぼうとするとまず出てくるVO2max(最大酸素摂取量)という単語。
「単位時間当たりにどれだけの酸素をエネルギーに変えられるか」という指標で、持久運動のパフォーマンスを決定づける重要なパラメータとして長年研究対象とされてきました。
その歴史は古くは1920年代までさかのぼり、膨大な研究の積み重ねによってこのパラメータが広く受け入れるようになりました。
ところで酸素がエネルギーに変換されるまでを見ていくと、まず肺で血中に取り込み、心臓で血液を送り出し、骨格筋内のミトコンドリアでATPに変換されるという過程に分解できます。
これらの各過程のうち、どこかがボトルネックとなってVO2maxという外部から観測できる値になるわけです。
このボトルネックはどの過程にあって、トレーニングではどこが主に改善されるのか、意識している方は多くないと思います。
今回はVO2maxがどのように決まっているのか、そしてその限界は何が決めているのかについてまとめたレビュー文献について紹介します。
VO2maxの歴史
VO2maxの研究はHillとLuptonによって1923年に始められました。Hillらは一定強度で運動すると最初は酸素摂取量が急激に立ち上がるが、一定時間続けると酸素消費量が定常状態になることを発見しました。
左下の図で負荷を上げていくとこの定常状態での酸素消費量も増加していきますが、そのままどんどん負荷を上げていってもある一定値以上には酸素消費量は増えずないことがわかりました。下図の250Wと300Wは同じ値で定常状態になっていることがわかります。
この定常状態、すなわちVO2maxが高いほど持久運動をより高強度で続けられることがわかってきました。
また右下の図は負荷と酸素消費量の関係、および血中乳酸濃度をプロットしたものですが、酸素消費量は負荷に応じてほぼ線形に増加し、血中乳酸濃度は非線形である閾値を境に急激に上昇することもわかってきました。
ダニエルズ先生はここからさらに発展させてVO2maxでの走速度、vVO2maxという指標を提唱し、そこからVDOTが生まれるわけですが、その辺の話はやる夫と学ぶダニエルズシリーズにて。
VO2maxの制限要因
ここからが本題。
冒頭で述べたように酸素をエネルギーに変えるには、まず肺で血中に取り込んで心臓が血液を送り出し、骨格筋のミトコンドリアがエネルギーを生産するという一連の流れがあります。これらの過程のうちどこがボトルネックになるのかは1970年ごろから盛んに研究されています。
肺の酸素取り込み能力
近年の研究によると、心臓が著しく発達した一部のエリート選手では肺の能力が酸素運搬能力のボトルネックとなっている可能性が指摘されています。
下図は、通常の酸素濃度(21%)と酸素濃度を高くした場合(26%)でのVO2maxを比較した結果ですが、VO2maxが60未満の一般ランナーについてはほとんど差が出なかったものの、VO2maxが70を超えるようなエリート選手では差が大きくなり、すなわち肺の酸素取り込み能力が支配的になっている可能性を示唆しています。
心臓の血液拍出量
心臓の血液拍出量は、1回あたりの拍出量 x 心拍数で表されます。心拍数に関しても個人差が大きいですが、トレーニングで鍛えられるのは主に1回あたりの拍出量であることがわかっています。
下図は座りがちな被験者(真ん中)が20日間のベッドで安静にした場合と50日間トレーニングをした場合のVO2maxを比較したもので、トレーニングにより向上しているVO2maxのほとんどは1回あたりの拍出量(SV:Stroke Volume)であることがわかります。
酸素運搬能力
血液が酸素を運搬する仕組みはご存知の通りヘモグロビンが関係してきます。ヘモグロビン量を変化させたときの影響を調べたいのですが、血液のヘモグロビン量を増やす方法として一旦採取した血液を保管し、それを再注入するという方法があります。アカギが鷲巣麻雀でやっていたアレですね。
この方法で血液を900ml~1350ml注入するとVO2maxを4~9%増加させるという結果でした。
ここまで見てきたとおり、VO2maxの決定に制限をかけている要因としては、エリート選手の肺能力、または心臓及び血液の酸素運搬能力であることが示唆されますね。それ以外の要因、すわなち骨格筋で酸素を使う側の影響を以下で見ていきます。
ミトコンドリアの密度
ミトコンドリアは細胞内の小器官でエネルギー物質であるATPを生産することで知られています。ミトコンドリアの数が2倍になれば筋肉の酸素消費量も2倍になるはずですが、実際は20~40%程度の増加にとどまるようです。
すなわち心肺による酸素の伝搬能力で制限を受けている可能性が示唆されます。
毛細血管密度
持久系トレーニングによって毛細血管の密度が変化することが知られています。これにより体の末端への酸素運搬能力が向上するはずです。実際ある研究では、毛細血管の密度とVO2maxに強い相関関係が見られたとする文献もあります。
結局どこがボトルネックなの?
このようにVO2maxを最終的に決定づける因子についての研究は多岐にわたり、長年議論が行われてきました。
1970年代では主に中心系(心肺)と末梢系(毛細血管、ミトコンドリア)で意見が割れていたようで、またある研究者は単一の要素では決まらないとしていました。
そこから様々な議論を経て、2000年前後には心肺系がネックになるという説が一定のコンセンサスを得ているようです。
VO2maxから持久運動のパフォーマンスが決定する過程
ここからは本題とはずれますが、VO2maxが最終的に持久運動のパフォーマンスにどのように影響するかのおさらいです。
まず最大心拍数(HRmax)と最大拍出量(SVmax)の掛け算で心臓が送り出せる血液量が決まり、また動脈内のヘモグロビン数(Hb)で酸素運搬能力が決まり、これらがVO2maxを決めます(+エリートランナーは肺の能力)。
一方、骨格筋での毛細血管やミトコンドリアが酸素と乳酸からATPを合成するので、LTにおける%VO2maxを決める要因になります。
そして酸素から変換されたエネルギーを効率よく前に進むための要因としてランニングエコノミーが影響し、これらの要素が絡み合ってレースでの走速度の上限が生理学的に決まるというのが、現段階でコンセンサスが得られているモデルとなります。
感想
2000年と古い文献ですが、3000件近く引用されているだけあってよくまとまっているレビュー文献でした。とりあえずVO2maxに関する研究の流れを把握するには読むべき文献だと思います。
今回はVO2maxの各要素について取り上げたわけですが、ダニエルズ先生も著書で述べているようにVO2maxを向上させるためにはVO2max付近の負荷が有効であるという研究結果は多いです。その負荷での連続運動は5000mのレース以上に速いペースなので練習で取り組むのは厳しく、分割して行うインターバルトレーニングが主流になっていますね。
VO2maxトレーニングで向上するのは主に心臓の1回あたりの拍出量というのも以前紹介した文献でも同様の結論となっています。
まとめ
- VO2maxの研究は歴史が長いので膨大な研究の積み重ねがあるよ
- 最終的にVO2maxを決定づけている要因としては、肺・心臓・血液の中心系と、骨格筋のミトコンドリア・毛細血管の抹消系に分けられるよ
- ほとんどの場合は心臓と血液の酸素運搬能力がボトルネックになっていて、VO2maxインターバルトレーニングでも主に1回あたりの拍出量が増加してVO2maxが向上することが知られているよ
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