マラソンの記録向上を目指す方にとって、ポイント練のスピード管理はとても重要な問題になります。ポイント練習で苦しんだ分だけ走力が向上する、という根性論で語る人もいるかも知れませんが、そんな簡単な話ではないのは真剣にトレーニングされている方の多くが感じていることでしょう。
目的に応じて適切な負荷をかけないと、苦しんだだけで走力向上には貢献しないことも十分にありえます。またオーバーワークは故障の原因にもなります。
長距離走のトレーニングで適切なペースとしてよく出てくるのがVO2max時の速度(vVO2max)とLT時の速度(vLT)で、この付近で一定時間走ることでそれぞれの能力が向上する、という考えが主流だと思います。
これらのペースに関してはもちろん個人差があるので、値を正確に知りたい場合は専門機関で調べるのが確実です。ですが多くの方はそんな時間もお金もないと思いますし、トレーニング状態によってこれらの値も変わっていくので、そのたびに毎回測定するのも大変です。
そこで便利なのがダニエルズ先生が編み出したVDOTの公式。レースタイムから適切な練習ペースを推定してくれます。指数関数と2次式からなる簡単な公式なのですがこれの精度ってどんなものなの?と気になる方も多いでしょう。
多くの方は自分に当てはめて合う、合わないを判断されると思いますが、他の人だとどうなるのか、また初心者と上級者での効果の違いは?など、気になりますよね。
というわけで、今回はVDOTによる練習ペース推定が本当に合うのかどうかをアスリートレベルのランナーとレクリエーションレベルのランナーで比較検証した論文を紹介しようと思います。
検証方法
VDOTの推定がどんなレベルのランナーにも適用可能なのかを調べるために、大学生のアスリートの被験者11人とレクリエーションレベルの被験者9人に5kmのタイムトライアルを実施してもらいました。
この5kmTTからVDOTとIペース、Tペースを求めます。
次に実験室でトレッドミルを走ってもらい、実際のVO2maxとその速度(vVO2max)、およびLT時の速度(vLT)を測定し、上記のVDOTから求めたペースと比較する、という方法で検証しています。
5kmのタイムはアスリート(ATH)の組が平均18.22分(16.00-21.47)、レクリエーション(REC)の組が平均23.61分(18.12-31.02)ということでした。ATHは最速の人でも16分ですので、そこまでアスリートという感じではないですが市民ランナーレベルで見ると丁度いいのかもしれませんね。
レクリエーションレベルの人でも18分1桁で走っているやつがいるのですが、これはレクリエーションレベルと言えるのかどうか?というツッコミもありますが本人の申告でしょうからそういうことにしておきましょう。
検証結果
VO2maxとVDOTの比較
まず、VO2maxとVDOTの値を比較しています。この論文の著者はVDOTの理解が浅いようで、VO2maxの推定値だと思って直接比較をしているようなのですが、みなさまはVDOTが見かけ上のVO2maxを推定していて、VO2maxそのものを推定しているわけではないことは理解されていると思います。
さて、結果を見ると両グループとも実際のVO2maxがVDOTよりも高い値が出たようです。すなわちVDOTの計算に用いられた平均的なランナーのVO2maxよりも、今回の検証で走った被験者のVO2maxが高いということで、今回の被験者たちのランニングエコノミーが悪いことを示唆していますね。
ATHグループでも平均18分台とそこまで速い人達ではないので、おそらくランニングエコノミーもそれほど良くないことが推察されます。
そして、その傾向はRECグループでより顕著になり平均VDOT42に対してVO2maxが51とかなり開きがあります。走り慣れていない方ほどフォームなどが悪くランニングエコノミーが悪くなるのも納得です。
Iペース(pIN)とvVO2maxの比較
ATHグループでは平均誤差が0.04分/mileとかなり実測値に近い値が出ました。これは素直にすごいと思います。1kmあたりにすると1.5秒の誤差なので、かなり精度が高いですね。VDOTとVO2maxには平均5ml/kg/minほどの誤差があったのですが、その速度について比較するとほとんど差がないのは改めてこの公式のすごさがわかります。
一方、RECグループでは、0.51分/mileとかなりの誤差が出ました。1kmあたりにすると20秒くらいVDOTによるIペースの方が遅いです。つまり真のIペースはもっと速いところにあるという結果でした。この原因については後ほど考察します。
Tペース(pTH)とvLTの比較
ATHグループではVDOTによるTペースの方が0.38分/mile(14秒/km)ほど速くなりました。Tペースよりは若干遅くても問題ない、ということですね。ちょっと差が大きすぎる気もしますが、20分以上の遅い人も含まれているので、その影響もあるのかなと思います。
一方RECグループではIペースと同じく、VDOTによるTペースの方が0.15分/mile(5.6秒/km)遅い結果となりました。真のTペースはもっと速いということです。
ATHとRECの傾向の違い
上記のようにATHグループとRECグループではVDOTによる練習ペースと、実験室で測定した実際のVO2maxペース、LTペースの差の違いが見られました。まとめると以下のようになります。
Iペース(VDOT) | Tペース(VDOT) | |
ATH | ほぼ一致 | やや速い |
REC | やや遅い | やや遅い |
ATHグループのTペースがやや速いのが気になりますが、速い分にはそのスピードで20分走れればLTを刺激するという目的を達成できるので問題ないでしょう。その分故障リスクは増加しますが。
一方、VDOTによる推定ペースが真のペースよりも遅いと出てしまったRECグループですが、これに関してはタイムトライアルの結果に問題があると著者らは指摘しています。
というのも、RECレベルのランナーは5kmレースも走り慣れていないので、一定ペースで走れなかったと思われるからです。
VDOTの算出は、レースタイムを一定のペースで走ることを前提としていますから、レース内でのペース変動幅が大きいと誤差が大きく出ていると思われます。そのため、RECレベルのランナーも一定ペースで走りきれていればもう少しタイムも良くなり、VDOTがもっと高く出た可能性があります。
一方ATHグループのランナー達はレースに慣れているので、一定ペースで走ったため、Iペースがほとんど一致という結果になったと思われます。
まとめ
- VDOTによる練習ペース(Iペース、Tペース)は鍛えられたランナーほどより一致する傾向があるよ
- 鍛えられたランナーのIペースはほとんど一致するし、Tペースは実測値よりやや速めな傾向があるよ
- 初心者ランナーは一定ペースで走れないことが多いので、そのようなレース結果しかないのであれば練習ペースはVDOTによる算出よりも少し速めにしてもいいかもしれないよ
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