2019年最後の記事です。今年の前半は故障が多くて思うような練習ができず、やっと練習が積み上げられるようになったのは7月から。2018年も故障から始まって復帰時期も同じくらいだったので、2018年の自分をひたすら追いかけていましたが、練習では去年の自分を上回れたと思った瞬間はほとんどありませんでした。
レースでは5000mとマラソンでそれぞれPBは更新しましたが、どちらも満足できるレースではなく達成感はないです。
月間走行距離
年間4119kmで月間平均は343km。これでも年間で見れば自己最長です。故障期間が多かったので故障が全くなかったなら400kmは超えるはず。

出場レース結果
- 4月
- 横浜駅伝1区10km:35’08″(3’30″/km)
- 5月
- 日体大記録会5000m:16’35″(3’19″/km)
- 企業対抗駅伝1区5km:17’23″(3’28″/km)
- 6月
- グリーンチャリティリレーマラソン in TOYOSU チーム6時間の部
- 1.5km x9 Ave 4’42″(3’08″/km)
- アンカー3.0km 10’19″(3’26″/km)
- グリーンチャリティリレーマラソン in TOYOSU チーム6時間の部
- 9月
- 日体大記録会5000m:16’18″71(3’15″7/km)
- 11月
- 日体大記録会10000m:34’12″(3’25″/km)
- つくばマラソン:2:37’55″(3’44″/km)
- 12月
- 海外レース4km:13’57″(3’29″/km)
- 川崎国際EKIDEN 7区5km 16’57″(3’23″/km)
月ごとのまとめ
01月:024km
ご覧のようにほとんど走れず。2018年の11月から抱えていたシンスプリントが完治せず、様子見で走ったのみ。まだ違和感が残っていたため、さらに休むことになります。
02月:131km
2月後半からようやく違和感が無くなり、走れるようになるも、2018年11月後半からろくに練習できておらず、気持ちも切れていたのでクロストレーニングもせず。体重は+5kgほど増量し、復帰直後はキロ5で走るのも辛い状態でした。
ちなみにダニエルズ先生によれば70日の休養でVDOTは80%まで低下。故障前が62~63としてもサブ3以下の走力まで落ちました。
03月:463km
ポイント練はせずにひたすらジョグ。週100kmを目安に走るもなかなかキロ5が切れず。
3月末にやった1200mインターバルでは3’25″/kmでも走れませんでした。6000mのテンポランでは3’48″/kmが精一杯という状態。
04月:285km
相変わらず調子が上がらず、Iペースが3’25″/kmから先に行けない。さらに右足首を痛めてしまい1週間ほど休むも違和感が消えず、以降数ヶ月に渡って右足首痛を抱えることに。
こんな状態でしたが、レースでは横浜駅伝で多摩川クラブの1区10kmを走らせてもらい35’08″(3’30″8/km)と練習の感触よりは走れました。明らかにヴェイパーフライの恩恵です。
GWは子供が川崎病にかかってしまい1週間入院。妻と交代で24時間付添だったため、GWは完全に潰れましたが大事には至らず良かったです。
05月:376km
5月は日体大記録会5000mで個人レースに復帰。16’35″/kmと横浜駅伝での感触通りの走り。練習ではここまで走れていなかったのでこれもヴェイパーフライによるインチキ記録です。
ただこれがいい刺激になったのかその1週間後にはIペース3’17″/km前後まで戻せました。
5月下旬は企業対抗駅伝。1区5kmを走らせてもらい17’23″。スタート時に大規模な集団転倒に巻き込まれたのと、この時期にしては高温の32℃で、路面も滑るダートということで記録はトラックの+50″くらいな感じ。
チームとしては男女混合の部で2位に入ることができました。
06月:290km
月初に 「24時間グリーンチャリティリレーマラソン in TOYOSU」チーム6時間の部 でトラック野郎ACチームに誘われて走りました。1.5km周回のリレマラで9本平均で4’42″(3’08″/km, min4’33”, max4’49″)で走れ、アンカーも任せていただきました。
リレマラのチーム戦は普通チーム力の差がもろに出るので序盤で大勢が決まってしまい、終盤は消化試合になることが多いのですが、今回は2位3位を競っていたチームが変則的に走力差が大きい少人数編成だったため、抜きつ抜かれつの接戦となり6時間走ってアンカーの私に渡った時点で3秒差。
必死に追いかけましたが、マッチアップした相手は後に5000m14分台を記録した超格上だったので全く届かず、最後は18秒差をつけられて3位。私は最後3kmを10’19″(3’26″/km)。
ちなみにマッチアップした方のコメント。私にはここまでの覚悟はなかったので走力以前に気持ちで負けていました。
その後はしばらくレースもなかったので、慢性的に痛みのあった右足首の完治を優先させるため2週間ほど休んだりしましたが、完全には回復せず、下旬から9月の日体大をターゲットにレペから練習を開始。
07月:462km
レペティション中心。暑かったですが、下旬には400mでコンスタントに70″切りを揃えられるようになってきました。ただ貧血も悪化してしまい予定通りの本数をこなせず、質は上げきれなかったです。
08月:487km
1200mインターバルに移行。下旬には3’15″/km付近でこなせるまで戻せました。並行して閾値走もやりましたが、外では暑さで厳しいのでトレッドミルが中心。インターバル翌日に3’20″/kmで30分がこなせるまで戻ってきました。
月報はこちら。
09月:428km
トラックシーズン最大の目標だった9月日体大がこの月のハイライト。1週間前の練習ではヴェイパー込みのロードで3’13″/kmのインターバルが出来ましたが、昨年の同時期よりは感触が悪く、PBは微妙だと思っていましたが、コンマ06秒だけ更新。レースレポは以下です。

またこの月からブログとTwitterを始めました。
月報はこちら。
10月:493km
11月のつくばマラソンに向け、LT走とロング走中心の練習。走行距離493kmは自己最長。ポイント練習の内訳はロング走4回、LT系トレーニングが9回 でVO2max系は0。今考えるとこれが失敗だったと反省。
月報はこちら。
11月:320km
レース月間。ハイライトは11/3の駒沢公園で行ったロング走で、15週32.1km1:56’53″(3’38″4/km)で走れ、サブ35に向けた自信をつけることができました。ただその後の走りを見てもここがピークになってしまいました。
つくばの1週間前は日体大で初10000mに挑戦。ただスピードの衰えを感じ、目標だった33分台は出せず34’12″(3’25″/km)と微妙な結果でした。レポはこちら。

そして迎えたつくばマラソン。PBは更新するも練習よりも走れないという惨敗。詳細は以下でどうぞ。

月報はこちら。
12月:355km
前半は海外出張で思うように練習できず、出張中に出た海外レースでは優勝できましたが練習みたいなタイム。

また川崎国際駅伝で多摩川クラブの7区5kmを走らせてもらいまいたが、16’57″と初5000mよりも遅いという凡タイム。練習でもジョグの時点から思うような走りができなくなりました。

3月に静岡マラソンを控えていますが、今の感触ではとてもサブ35に挑戦するとは言えない状況まで落ちて年末を迎えるに至ります。
2019年の最後に思うこと
現状、自分の走力は2017年5月くらいにIペース3’15″/kmに到達してからほとんど成長していません。自分に何が足りないかをその都度考えて、そのボトルネックを解消しようといろいろ工夫してきたつもりですが、ここ2年は大きな故障をして月単位での離脱があったこともあり、ブレイクスルーは出来ていません。
2018、2019と5000mとフルでPB更新はできていますが、残念ながらほぼヴェイパーフライの恩恵であることは認めざるを得ないでしょう。
また、自分の人生のフェーズ的にもただの趣味に今ここまで時間と労力を費やす必要があるのかという葛藤は常にあり、今年は特にそのことについて考えました。
自分がランニングに求めているのは自己実現。正しい方向に努力すればほぼ確実にタイムという絶対的な指標で成果が見えるのが最大の魅力だと思っています。
自分の限界に近づけは近づくほどこの自己実現感が得られにくくなるのも事実。ただここが自分の限界だとは思ってないし、まだやれることは多く残っているはず。
自分は2年間毎週のように練習しても初マラソンで4時間半かかった凡ランナーですが、諦めずに挑み続ければいつかは目標に近づけると信じて、まだまだ頑張ろうと思います。




コメント